高崎B級?史跡めぐり いざ鎌倉!

B級と言ったら失礼なのだろうな。

でも、高崎に住んでいても知らない人が多いと思うから。。。(自分が知らないだけ?)

城南小学校の近くにこんなのを見つけた。

ここが鎌倉街道の一部だったのか。。。でも、どこが鎌倉街道だったのか今は、まったくわからないが。。。

へえ~。知らなかったな~。。。

でも、なんか細い道があるからそこがそうなのかな?

そういえば佐野橋、もこの鎌倉街道の一部なのかな?

木橋だったころ?いやその前は渡しの状態??、よくわからないが佐野橋までいってみた。このブログでは2度目だ。この橋はご覧のとおり木で出来ている。橋脚は鉄製なんだけどね。。。

あ、指が写ってます。。。

この橋、木で出来ているのんですが結構立派です。子供の頃にも渡った記憶がかすかにあります。その時はもうちょっと狭かったような。。。。ちなみにこの橋は、川が増水するたびに流されているようで、2013年にもガッツリ流されているのがyoutubeとかにもアップされてました。でも今はちゃんとある。。小奇麗にはなっていないので流されたものを再利用しているのかな~。長さ100mくらい?もっとあるかな~。この道が鎌倉街道だったのでしょうか??前にも書いたかも知れませんがこの橋にはこんな話が残されいる。そのことを記す石碑などが近くにある。(前にも書いたか。。)

昔、恋人同士が夜な夜な木橋を渡り、会っていて、それをよく思わないどちらかの親が渡れないように板を外しておいたらしい。それを知らない若者2人は川に落ちて亡くなってしまったという内容だ、で、その霊を供養するためにこの石碑が建てられいるというから伝説とはあるが何かしらの事件があったのだろう。。。この木の橋、いまどきにもなって何度も何度も流されているのにそのたびにまた修復しているのは、この橋がないと二人が会えないのでその魂が今でも彷徨うとかないとかでわざわざ修復しているのかも。

ところでこの近くにいつの間にか駅ができていた。

駅名はそのまんま ”佐野の渡し駅” あれま、知らなかった。この私鉄は高いけど駅があるとないのとではここらに住んでいる人にしてみたら大きな違いだろう。ちょっといいな~。と、いうのも最近になってこうやって自転車を電車に乗せてちょこちょこ出かけるようになると、どんなショボイ(これまたすみません)駅でもあればとても便利だとつくづく感じている。

その駅に鉢木のことが書いてあったからそれにまつわる神社も近くにあるらしいでの行ってみた。

常世神社? かなり小さい神社だ。個人レベル?

でも、こんな結構な話が関連しているぞ。これ、聞いたことがある。あるあるだ!お~、ここで話が鎌倉街道つながりでまとまったじゃないか。

こんなことが書いてある。

一族の不正のために領地を横領された武人、佐野源左衛門が大雪の日に宿を頼んできた修行者(実はこの修行者が時の北条時頼であった)に秘蔵の盆栽、”鉢の木”を焚いてもてなしと。。。たしかこれ、この後いざ鎌倉!となったときにあ!その時の方は北条様であったのですか、お、そなたあの時の・・・みたいなやつですよね?ここだったのですか?え?ホント?有名じゃないですか!もっと宣伝しましょうよ~。 ちなみに中には源左衛門さんが大事にしていた盆栽を鉈で切ろうとしている絵が掲示してあります。

う~ん。。。絵がちょっとかな。。。(ごめんなさい)               ところで佐野橋とか舟木伝説とか鉢の木とか、なかなか味がありますね、ここらへん、佐野と言えば栃木の佐野を連想しますが、この高崎になぜ佐野という地名があるか不思議に思っていたのですが、佐野源左衛門の御屋敷があった場所だから佐野という町名になったのかな~。ちなみに道も細い道が多く、この道は古のころからあったのだろうか~などと想像しながら散歩したりチャリでゆっくり走るにはなかなか良い。。

市内にもどったらこんなことしてました。

ゴム動力自動車の0-50mくらい? チームで参加。楽しそうでした。

すごいゴムですね・